研 究 紹 介

超伝導センサーによる極稀事象探索

序論

 近年、数々の超伝導センサーが開発され広い分野で大きな成果をあげてきました。私たちはこの超伝導センサーの技術を神岡地下での極稀事象探索へ応用したいと考えています。特に、東北大学RCNSが持つ極低放射能技術を組み合わせることで、世界をリードする成果の創出を目指しています。



低放射能希釈冷凍機の開発

 対超伝導センサーを使うためには、0.1K以下の極低温環境を実現する必要があります。そのために、高エネルギー加速器研究機構 量子場計測システム国際研究拠点と協力して神岡地下実験室に希釈冷凍機を持ち込み、低放射能化することを計画しています。現在、低放射能化のために周辺環境のγ線や中性子を計測して、低放射能化のための放射線シールドの最適化を進めています。



軽い暗黒物質の探索

 私たちは神岡地下に設置する低放射能希釈冷凍機の最初の物理探索の目標として軽い暗黒物質を考えています。暗黒物質は様々な天文・宇宙観測から存在が示唆されている未知の物質です。宇宙全体のエネルギー密度の約1/4を占めており、宇宙の構造形成に本質的な役割を果たしていることがわかっています。暗黒物質は未知の素粒子であると考えられており、世界中で暗黒物質の直接検出を目指した研究が多数進められています。これらの直接検出実験は理論的に強く期待される10-1000GeV程度の質量を持つWIMP暗黒物質に焦点を当てていました。しかし、近年になりGeV以下の軽い暗黒物質の可能性が理論的に強く示唆させるようになりました。現在、以下の超伝導センサーユニットの使用を計画しています。
  
-  HeRALDモジュール: これは超流動ヘリウムを暗黒物質と反応ターゲットとしたもので、量子蒸発現象を用いた軽い暗黒物質探索が可能です。米国のTESSERACTグループと協力して質量0.1GeV程度の暗黒物質を狙います。2027年度末までに1g・yrの観測を行い、0.09-0.6GeVの質量範囲で、キーマイルストーンと呼ばれる軽い暗黒物質が理論的に予言される領域の探索を世界に先駆けて行う予定です。
-   単一光子用に開発された超伝導転移端センサー(TES): 産業技術総合研究所/高エネルギー加速器研究機構が開発した単一光子検出用TESを暗黒物質探索に応用します。このTESは0.8eVの入力に対して67meVという世界最高の分解能を実現したものです。質量MeV程度の暗黒物質を狙います。
-   γ線測定用超伝導インダクタンス検出器(KID): 暗黒物質により180mTaが脱励起を起こしγ線を放出することが知られています。γ線用KIDの吸収体としてTaを使うことで、脱励起起源のγ線測定を目指します。この検出器では、軽い暗黒物質ではなく、注目の集まる非弾性のフロンティアでの暗黒物質探索を行います。
 

HeRALDモジュール (arXiv:2307.11877)

HeRALDモジュールの探索感度 (provided from Suerfu (KEK QUP ))

AIST/KEKの単一光子測定用TES(Kaori Hattori et al 2022)

2重電子捕獲の探索

 私たちはβ崩壊の親戚である電子捕獲反応 (広い意味で電子捕獲反応もβ崩壊に分類されます)に着目しました。これは陽子が原子核の周りの電子を捕獲し、中性子になると同時にニュートリノを放出する反応です。電子軌道が一つ空くので、その後に特性X線やオージェ電子の放出があります。電子捕獲にはβ崩壊と同様に単一の電子捕獲を起こさないが、2個電子捕獲を同時に起こす(2重電子捕獲)原子核があります。2重電子捕獲には、ニュートリ放出を伴う反応とニュートリノ放出を伴わない反応の2種類あります。後者は、ニュートリノのマヨラナ性に関係する反応でKamLAND-Zenと同様にその検出は、軽いニュートリノ質量の謎や物質優勢宇宙の謎の解明につながります。前者も検出に成功すると、原子核行列の不定性を減らすことができ、KamLAND-Zen実験の不定性を減らすことにつながります。
 産業技術総合研究所はSnを吸収体として優れたγ線TESを開発しています。112Snが2重電子捕獲核であることから、このγ線TESを用いた112Sn の2重電子捕獲の初検出を目指しています。すでに、既存データの再解析により2重電子捕獲の半減期に対して9x1012 年という上限値を得ることに成功しました。今後は、産業技術総合研究所と協力して、多重読み出しにより、さらなる統計データの蓄積を進める予定です。

      γ線TES
"ガンマ線光子を検出する超伝導転移端センサ(γTES)。ブロック状のSnを搭載し二重電子捕獲の信号を捕らえます。"

2重電子捕獲の信号領域
"γTESで取得したエネルギースペクトル。背景を赤色で示した領域が二重電子捕獲の信号領域。"



関連する研究開発

 超伝導インダクタンス検出器(KID)において、有感領域は超伝導薄膜の非常に狭い部分です。この困難を克服するために、フォノン媒介過程により基板全体を有感領域にするアプローチが提案されました。通常は、シリコンを基板とするのですが、私たちはフッ化カルシウム(CaF2)を基板として使う技術の開発に成功しました。これはKIDによる19Fを用いたスピンに依存する相互作用による暗黒物質探索や48Caの二重β崩壊探索の高度化の可能性を意味するものです。



❖ コンタクト
 -  石徹白晃治 (koji_at_awa.tohoku.ac.jp)
 -  市村 晃一 (ichimura_at_awa.tohoku.ac.jp)