研 究 紹 介

マントル地球ニュートリノ直接観測を目指した海洋底ニュートリノ観測プロジェクト (OBD)

地球ニュートリノ観測による内部熱生成量の解明

 地球はハイブリッドカーのように46億年前の地球形成時の熱・重力エネルギーである「原始の熱」と地球内部のウラン・トリウム・カリウムといった放射性物質の崩壊による「放射化熱」という2つの燃料源があることが知られていますが、その量や分布には実はまだ謎が残されています。地球内放射性物質の崩壊時に熱と共に放出されるニュートリノ、「地球ニュートリノ」の観測は、ニュートリノを地球を調べる道具として用い、未知の放射化熱量とその分布を観測できる強力な方法です。
 KamLAND実験は2005年の地球ニュートリノの世界初観測を成し遂げて以来、この「ニュートリノ地球科学」の研究分野で成果を挙げ、地球の全放射化熱が約半分も無いことを示しました。地球の全体積の僅か1%ながら全量の半分の放射性物質が存在する地殻は、地震波観測や捕獲岩の分析により比較的調べやすいのに対し、深さ40〜2900kmのマントルについては80%もの体積を占めるにも関わらず、均質かどうかや化学組成といった基本的な性質すら明らかではありません。この謎の多いマントルを地球ニュートリノを使って調べることを目的に「海洋底ニュートリノ観測プロジェクト (OBD: Ocean Bottom Detector)」を立ち上げ、様々な研究分野と連携して研究を進めています。



海洋底ニュートリノ観測プロジェクト

 大陸上の検出器では地殻由来の地球ニュートリノ寄与が約70%を占め、マントルについて観測結果を与えるのは困難です。そこで、地殻が薄く(大陸地殻の約1/7)シンプルな海底にニュートリノ検出器を設置し、約70%に及ぶマントル由来の地球ニュートリノを直接観測するOBDプロジェクトが発足しました。

   各観測地点でのニュートリノ流量の割合

左からOBD、KamLAND(日本)、Borexino(イタリア)、Jinping(中国)、JUNO(中国)。 各成分は①マントル、②地殻(>500km)、
③地殻(<500km)、④原子炉ニュートリノ


 宇宙線ミューオンによるノイズ事象を海水で遮断するため、約4kmの深海に検出器を設置する必要があります。滅多に反応しない地球ニュートリノを現実的な観測期間で観測するために、1.5ktの大型検出器が必要なことも分かってきました。この深海の隔絶された低温(2〜4℃)・高圧(40MPa)環境という現存する大陸上の検出器とは全く異なる実験環境で稼働する検出器開発が進められています。

1.5kt OBD検出器のイメージ図


 中心の液体シンチレーター領域を取り囲む光電子増倍管には耐水圧シールドが付けられ、シールドの低放射性物質化やデータ取得エレクトロニクス一体型モジュールの開発が進められています。ノイズ源となる宇宙線ミューオンの同定には海水自体を用い、海水中に数珠繋ぎに設置された光電子増倍管で観測することにより検出器構造の単純化を実現すると共に、海水をターゲットとするニュートリノ検出実験の同時進行も考えられます。現在は初の海底での液体シンチレーター検出器の稼働を目標に小型プロトタイプ検出器の開発が進められています。これまでの素粒子物理と地球科学の分野連携に加え、海洋工学やマントル掘削、海洋底生物学といった新たな分野連携を開拓し、将来の大型実験実現に向けた分野形成を牽引しています。



❖ コンタクト
渡辺 寛子 (hiroko_at_awa.tohoku.ac.jp)