研究成果

修士 論文発表会 2024
修士課程2年: 中村 稜 (KamLAND)

  • 研究成果

Eizuka1
修士課程2年: 中村 稜 (KamLAND)   発表:2024年1月31日

論文タイトル:『KamLANDにおける原始ブラックホール由来のニュートリノ探索』

論文概要
2015年世界で初めて重力波が検出された。この重力波は太陽質量のおよそ30倍 の質量を持つブラックホールの衝突・合体により生じたものであることがわかっ ている。しかし恒星質量型ブラックホールの質量は太陽質量の数倍程度であるた め、重力波源となった中間質量ブラックホールの存在を説明できない。そこで注 目を集めたのが原始ブラックホール(Primordial Black Hole, PBH)である。PBH は宇宙初期の密度ゆらぎの崩壊により形成され、さまざまな質量を持つことがで きる。そのため、PBHの存在は重力波源となった中間質量ブラックホールの存在 を自然に説明することができる。また宇宙のエネルギー密度のおよそ25¥%を占め る暗黒物質の候補としても注目されている。暗黒物質の存在は渦巻き銀河の回転 速度分布の観測結果や、重力レンズ効果の観測結果からもほぼ明らかとなってい るが未だその正体は明らかとなっていない。暗黒物質の存在は宇宙の成り立ちに 深くかかわると予想されており、暗黒物質の正体の探索は宇宙の発展にも大きな 影響を及ぼす。PBHはこの暗黒物質を自然に説明できる可能性を秘めている。

PBHはホーキング輻射と呼ばれる黒体輻射に似た輻射により粒子を放出する。ホ ーキング輻射はブラックホールの質量に反比例するホーキング温度での熱的な輻 射であり10^15--10^17 gの質量を持つPBHからホーキング輻射により放出される 粒子は探索が可能である。本研究ではホーキング輻射を活発に行うPBHのPBHニュ ートリノ探索を目的とする。また、その結果から暗黒物質としてのPBH探索とし て、暗黒物質に占めるPBHのエネルギー密度の割合 f_PBH への制限を与えること を目標とする。f_PBH に対しては重力マイクロレンズ効果を用いた探索やCMB観 測を用いた探索など、さまざまな手法での探索結果から制限が与えられる。ニュ ートリノを用いた探索では、これらの探索に比べ f_PBH に対する制限は弱くな る。しかし、電荷を持たないニュートリノを用いることで、宇宙前景放射の影響 を受けずに、暗黒物質の密度分布に即して宇宙を等方的に探索することが可能で ある。

本研究では大型液体シンチレータ検出器KamLANDでのおよそ20年に渡る観測デー タのうち 0.9--30 MeV の観測エネルギー領域の解析を行うことで、PBHニュート リノ事象の探索を行なった。ニュートリノ観測には逆ベータ崩壊(Inverse Beta Decay, IBD)反応を用いた。IBD反応では反電子ニュートリノと陽子から陽電子と 熱中性子が生成される。陽電子は電子と対消滅しガンマ線を放出し(先発事象)、 先発事象から平均捕獲寿命207マイクロ秒後に熱中性子は陽子に捕獲され2.2MeV のガンマ線を放出する(後発事象)。先発事象と後発事象の時間・空間相関を用い る遅延同時計測により、背景事象を大幅に削減することができる。しかし、偽の 遅延同時計測事象を作る原子核破砕事象の削減は困難である。IBD観測の背景事 象となるのはKamLANDに飛来する宇宙線ミューオンは直接、またはシャワーで生 成したガンマ線やパイ粒子などの二次粒子により液体シンチレータ中の 炭素原 子核を破砕しすることで生じる不安定同位体のうち、中性子を伴い崩壊する事象 である。この原子核破砕事象の除去効率を改善することが、PBHニュートリノ事 象を高い感度で探索することに繋がる。本研究では、主にニュートリノを伴わな い二重ベータ崩壊探索の解析で用いられる手法を本研究用に最適化して適用した。 この方法はshowerタグと呼ばれ、従来の方法の除去効率93.1%を上回る97.8%の除 去効率となった。また、大光量のシンチレーション光を用いたニュートリノ観測 を行うため、水チェレンコフ型ニュートリノ検出器より低いエネルギー閾値(IBD 反応閾値の1.8MeV)のニュートリノまで探索することができる。

本研究ではニュートリノを用いた実験探索として初めて 10^15--10^16 gの質量 を持つPBHから放出されるPBHニュートリノの探索を行った。探索の結果、統計的 に有意な信号は得られなかったが、f_PBH に対して90%信頼度の上限値を与えた。 この結果は、Super Kamiokande(SK)のデータに基づく結果から得た f_PBH への 制限よりも広い (4--9)x10^15 gの質量を持つPBHが暗黒物質に100%の寄与をしな いことを検証した。

本研究はニュートリノ実験探索として初のPBH探索であり、暗黒物質の正体に迫 る重要な結果となった。また本研究の成果は、宇宙前景放射の影響を受けず、暗 黒物質の密度分布に即した等方的なPBH探索を行った結果である。